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2014年2月15日 (土)

全国的に雪の被害がひどいようだが、うちの方はあまり大きな被害は出ていない。

2013年7月31日 (水)

巻き返し

1年の計は、元旦にあり。とかいいながら、
巻き返すのに時間が掛かってしまった。
しかし、ようやく日差しが出てきた。
でも、長いトンネルをくぐっている最中の方も居るだろう。
「ごくろうさま」と言いたい。

2013年7月 5日 (金)

梅雨明け

まだ、明けていないと思いますが、暑くなり、夏らしくなってきました。

2013年6月 7日 (金)

1年の計

参りました。もう半年経過してしまいます。
なんということでしょう。
このままでは、ここも閉鎖に追い込まれます。

2013年3月29日 (金)

一年の計は?

元旦にあり、と書いたきり、早三月。光陰矢の如し。
三月といえば、1/4年!!!

とはいえ、四月は新年度始まりなので、気を取り直して心機一転頑張ろう!!!

2011年6月10日 (金)

「美」の定義

美 - Wikipediaより

美とは、「美しいこと」、あるいは「美しさ」であり、自然の事物等に対する感覚的に素朴な印象から、芸術作品に対して抱く感動の感情、あるいは人間の行為の倫理的価値に対する評価にいたるまで、さまざまな意味と解釈の位相を持っている。美は一般に、「良いこと」従って、哲学的な表現では、「善」と何かにおいて関係するものだと言える。 ~(中略)~ 「美しいこと・美」とは、何か良いこと・快いことであるが、またそれは「優れたこと」であり、また「感動」を人に与える何かであるということである。

堅苦しいことは考えず、まず「感動」探しから始めてみよう。「感動」と言っても、例えば、むごたらしい映像とか不快な音とか臭いとか、そういう意味での心の動かされ方ではなく、もっと"美"的な快感を伴う「感動」のことである。例えば、美しい絵とか音楽とか光景とか。

そういう意味では、このブログを開設した当初(2008.5~6)は、"美"的に私の目的に適っていたのであった。詩を書き始めた頃から(2008.7~)、目的を逸脱しはじめたのであった。

2011年6月 7日 (火)

このブログの目的

「美しい日本語の世界を堪能すること」
そのために、詩を書き、和歌を嗜み、自作し、という試みをしてきた。
しかし、私が書く詩や和歌は、「美しい日本語の世界」からは、どんどん逸脱していくのであった。
なぜそうなるのか?
古今和歌集を見てみると、必ずしも「美しい日本語の世界」ばかりでなかったりする。
「戯れ」の要素が多いことに気づく。そうか。和歌の世界は「戯れ」の世界でもあったのだ。

ツイッターという媒体は、自分がフォローしたいような人をフォローすることになる。
従って、自分のTLは、自分色に染まる。「戯れ」主体の人は、「戯れ」ツィートばかりになる。

和歌集を見ても、そこに「戯れ」要素ばかり見出す人は、和歌集自体が「戯れ」的なものに見えてしまう。

「批判の本」も読む人次第では、「非難の本」になる。

そういうことだ。
私自身が「戯れ人」だから、何を読んでも「戯れ」 に見えてしまうのだ。

「美しい日本語の世界を堪能すること」
それがしたいのなら、まず、「美しい」とは何か? について突き詰めて考えて見る必要がある。
私は、日本語を美表現のツールとしては使っていない。
だから、「美しい日本語」を模索すること自体に無理があったのだ。

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