自動車

2008年6月25日 (水)

ダイハツ PL

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/izen/no-1/dai/d-pl.html

ダイハツの三輪トラックというと、現存するのは、恐らく最後期型のCMやCOだと思う。
マツダTシリーズと同様、4輪トラック用の水冷4気筒エンジンを搭載したタイプだ。

このPL型は、水冷4気筒になる前の、空冷V型2気筒のモデル。
写真で見る限り、水冷4気筒車と比べてシートの高さがかなり低く(写真判定で15cmほど低く見える)、とても視界が悪そう。

(水冷4気筒車の写真はこちら:http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/izen/no-1/dai/d-danpu.html

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マツダ HBR

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~ip3t-nksn/Pages/B-classic/Qrp817.htm

このURLは、“マツダT1100”のものである。
HBRというのは、その前モデルである。
マツダTシリーズ三輪トラックは、1959年頃から発売されている。
HBRのデビューは、1957年ごろだから、わずか2年程度しか作られなかったことになる。
私も目撃した記憶がない。
Tシリーズは、水冷4気筒エンジンを持つタイプで、1974年頃まで生産されていたそうだ。約15年間作られていたことになる。
それに対して、HBRは、空冷V型2気筒のプリミティブなモデル。どんな走行音だったのだろう。“ドカドカドカドカ・・・”って感じだったのかな~。

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2008年6月19日 (木)

マツダ K360

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/k360/k360.html

V2空冷4サイクルエンジンを背中に積む。
「ドカドカドカドカ・・・・」って、すごい音をたてていた記憶がある。
ダイハツミゼットよりも、かわいくない表情。
不思議と、ミゼットの記憶は、殆どない。

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2008年6月17日 (火)

三菱 ミニキャブ

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/izen/no-14/lt-20/lt30.html

ミニカがリヤヒンジドアなのに、このミニキャブは、フロントヒンジドアで、モダンな感じがする。同世代の軽キャブは、みんなガーニッシュレスのシンプルフェイスだが、すごく表情が豊かであった。丸目が主流だったので、ちょっとびっくりしたような表情のクルマが多い。このミニキャブは、眼窩が微妙に四角い。子供の視点から見上げると、何か見下されているような表情で、ちょっと恐かった。(ちなみに、プリンス・ホーマーは、食べられちゃいそうで、うんと恐かった。)

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スバル サンバー

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/izen/no-10/sam/sam.html

かつて、サンバーは、所有したことがある。
他の軽1Boxとは、一線を画す良好な乗り心地、走行安定性。その上、ステアリングは、小指で回るほど軽く、即応する軽快な操舵性。同世代のハイゼットやミニキャブに乗ったことがあるが、ハイゼットは、びっくりするほど安定性が悪く、ミニキャブは、ステアが非常に鈍かった。
でも、私の一番のお気に入りは、三菱のミニキャブなのであった。
これは、理屈じゃない。“良い”と“好き”は、別。

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2008年6月16日 (月)

スバル R-2

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:SubarR-2.JPG
1969~1972
すごく短い期間しか作られなかったのか。もっと目立っている印象を持っていたが。
1971以降は、グリルが付くから、この顔は、たったの2年間だけ、ということ?
ヘッドライトをつけると、スモールライトが消える構造になっていた。
省エネ、経済的。

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Fiat 126

参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Fiat_126-Mk1.JPG
1972-2000
フィアットと言えば、500でしょう。500は、ルパン三世とかで有名だし、書くまでもない。
500の後継が、この126。
500がスバル360に相当するとすると、この126は、さしずめR-2と言ったところ。
そういうふうに見えないこともない。でも、R-2より直線的で近代化されている印象。

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Hillman Imp

参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:MHV_Hillman_Imp_01.jpg
1963~1976
リヤ・エンジンつながりで、今回はヒルマン・インプ。
サンビームブランドもあった。私の記憶では、サンビームの方は、ツインキャブのスポーティグレードであったが、定かではない。ルーツグループのクルマだが、私がこのクルマを知った頃には、“クライスラーUK”になっていた。イギリスが傾いていた頃の話。

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2008年6月15日 (日)

Tatra 603

参考URL:http://de.wikipedia.org/wiki/Tatra_T603

タトラともなると、英語の記事すら存在しなくなる。(このリンクは、ドイツ語のもの)
実は、私が知っているのは、この後のタトラ613からで、
今回紹介するタトラ603は、伝説として知っているに過ぎない。
リヤエンジンリヤドライブ空冷V8DOHC(注:DOHCは613から)という、
基地外じみたスペック、それに3灯ヘッドライトを中央に寄せて並べる
という、エキセントリックな外観。
よく探したら、日本にもリンクがあった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Tatra_603.jpg

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Dacia 1310

私が知っているダチャは、こんな感じ。
参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:AutoDaciaBucarest.jpg
先出のダチャ1300と比べて欲しい。
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Dacia_1300.JPG
時代が下るほど質が悪くなっていくのがわかる。
チャウシェスク政権末期の姿。

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2008年6月14日 (土)

Renault 4

参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Renault-4-pula-P1050516.JPG
1961~1993
4CVの実質的な後継が、このR4。
昔YMOの高橋幸宏が乗っていた気がする。

~しばし1980年代へタイムトリップ~

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Renault Dauphine

参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:MHV_Renault_Dauphine_01.jpg
1956~1967
私の記憶では、初期型の車は、ルノー4CVと同様、デタッチャブルリムだった気がするが、この映像は、普通のホイールである。
ちなみに、デタッチャブルリムとは、以下のURLのように、
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Renault_4CV_1948.jpg
ホイールを、リムのところでビス止めしている構造で、昔の360cc時代の軽自動車は皆これであったような気がする。この構造は、何がうれしいのだろうか?ホイールバランスが合わせ難そう。

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Renault 16

参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Renault_16_SX.jpg
1965~1980
このクルマも、80年代まで作られたのか~。
とても、そんなふうに見えない。(これはホメ言葉。)
このクルマは、日本でも良く見かけた。
宮崎駿の映画に出てくる、古風な猫紳士のイメージ。
ルノー12は、途中でフェイスリフトしたが、このクルマは、最後までこの表情だったのかしら?

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Renault 12

順番は、滅茶苦茶である。思いつくままに..
ルノー12は、ルノー8/10の後継らしい。
1968~1980。えっ、そんなに長く作られたのか。
80年代以降は扱わない、私のポリシーからすると、かすってる。
参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Dacia_1300.JPG
この写真は、実はルノー12でなくて、ダチャ(ルーマニア)である。
顔だけ見ると、マツダ・カペラの初代みたいだね。
参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Mazda_Capela_001.JPG
だけど、体つきが全然異なる。
私の好みは、この後期型。
参考URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Renault_12_estate.jpg
表情が柔らかく、穏やかになった。

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Renault 8

頭が“ルノーモード”になってしまったので、しばらくはルノーの記事ばかり続くことになる。
参考URL:Renault_R8.jpg
あまりに四角すぎるので、棺桶とか弁当箱とか呼ばれてた気がする。
でも、この表情は、どうみても“C-3PO”だね。
もっとも、C-3POと言っても、ピンと来ない人が増えたのかな~。

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2008年6月 9日 (月)

日野ルノー

ルノーつながりで、今回は、『日野ルノー』

参考URL:ルノー・4CV(『ウィキペディア(Wikipedia)』)

今、こうしてみてみると、あまりかわいくないビートルといった感じ。
シトロエン2CVより古く、1946本国デビュー。
日本での生産は、1953から。1963まで生産された。
本国フランスでは、1961年に生産終了。FFのルノー4に引き継ぐ。
1956年にドーフィンというRRの4CVより1クラス上のモデルを出している。これは、後にR8,R10に引き継がれる。
日本では、コンテッサ900(1961~1965)に引き継がれる。

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Renault 10

参考URL:Image:Renault10.jpg

さすがに、ルノー10ともなると、国内で画像を探すのは難しい。
ルノー8は、日本でもファンが多く、今でも時々見かける。
先日、高速道路上でルノー8と思しきクルマを見かけたので、懐かしくなってこの記事を書いているところである。
(見かけたのはR8なのに、記事はR10というところが、私らしい。w)
デビューは、1965。ルノー8(1962~)の高級版として登場。トランクルームを拡大するため、フロントオーバーハングを伸ばした(リアエンジン車なので、トランクルームは前にある。)。と同時に、リヤオーバーハングも若干伸ばした。映像見てわかるように、すごくオーバーハングが長い、独特のスタイリングである。実際に現車にお目にかかったことはない。内装の映像も見たことが無いが、一説によると、コラムシフトであったと聞く。しかし、この映像を見る限り、フロアシフトに見える。
参考映像:http://www.forum-auto.com/automobiles-mythiques-exception/section5/sujet382009.htm

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2008年6月 7日 (土)

三菱ミニカ

マツダB360の話題が出たところで、ライバルの三菱ミニカも紹介しておこう。

参考URL:三菱・ミニカ

“ライバル”と書いたものの、商業的に、当時ライバルだったのかどうか、私はよく知らない。けれど、どちらも同程度見かけたような気がする。ミニカの方が全体に古臭いイメージ。

昔は、トヨタ・日産・マツダ・三菱 の順 だった気がする。マツダと三菱は、3位4位を争うライバルであった。とんがった個性のクルマは少なかったが、この2社の車両は愛嬌があって、好きだった。

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マツダB360

参考URL:草ヒロ探検隊
先出の桜井センリさんが乗っていたB360は、この最後期型のバン。
他に、前期型(参考URL:マツダ・B360)、後期型(参考URL:水冷4気筒車)がある。
同世代のミニカと比較すると、モダンな感じがする。

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2008年5月25日 (日)

マツダ・ファミリア #2

マツダ・ファミリア(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2代目は、1967年11月デビュー。いかにも『ファミリア』という感じの穏やかな表情が好きであった。1000ccと1200cc。後に1300ccの“ファミリア・プレスト”が加わる。
(ロータリーシリーズもあったが、私の興味の対象外のため省略する。)

3代目は、1973年9月デビュー。全幅が60mm拡大されるものの、サイドビューは先代と変わらず、あまりモデルチェンジという感じがしない。同時代のサニーやカローラと比べると如何にも古臭く、魅力が無い。でも、私はこの車が好きだった。

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マツダ・ファミリア

マツダ・ファミリア(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1963年10月、バンとしてデビュー。その1年後、セダンデビュー。800cc。
当時、三菱コルト800と並んで、800ccクラスのセダンとして、私が好きだった車種。
トヨタ・パブリカは、小さく、軽自動車的で、あまり好きではなかった。
これといって特徴があるわけではなかったが、何か好きだった。
たぶん、外形デザインが好きだったのだろう。

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2008年5月24日 (土)

三菱・コルト #2

先出のコルト800シリーズ(800,1000F,1100F,11F)は、1965.11~1969.10 のほぼ丸4年間作られた。一応これが三菱500~コルト600の直系後継に当たる。(車両の成立ちは全く異なるが。)

参考:三菱・コルト800(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

これに対して、コルト600の上位車種として企画されたのが、コルト1000シリーズである。
デビューは、1963.6月。1970まで生産された。

スタイルは、全く持って無骨な四角いセダンスタイルで、子供ながらに、あまりカッコイイクルマではないという印象であった。
1968年5月のマイナーチェンジで多少モダナイズされたが、好きではなかったなぁ。近くの知り合いがこのクルマにのっており、乗せてもらったこともある。その時はリヤに“COLT”の表示があったが、読めずに、なんという名前のクルマかわからなかった。

参考:三菱・コルト1000(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

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ヒルマン・ミンクス

当時、いわゆる旧車(ヘッドライトが上にあって、グリルが口のように下にある、典型的な形をした車)のなかでは、よく見かける方であった。このクルマの特徴は、リヤドアの窓の形。三角窓がなく、ラップラウンドしたリヤウィンドウに沿って、逆傾斜した形をしていた。私の生家の近くにある大学の構内に廃車体がおいてあり、なかに入ってよく遊んだものである。このクルマがいすゞのクルマであるということは、後になって知った。

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三菱・コルト

『三菱・コルト』というと「コルト600」「コルト800」「コルト1000」「コルト・ギャラン」それにリバイバルネームの「新型コルト」があるが、私が言っているのは、もちろん旧型コルトのことである。
しかし、さすがの私も「コルト600」は、お目に掛かったことがない。1962~1965のわずか3年しか作られていない。

私が知っているコルトは、「コルト800」からである。実は、800も知っているかいないかおぼつかない。この「コルト800」は、2ストロークエンジンなのである。だけど、自分はこの車が2ストのエンジン音だったかどうか、定かに記憶していない。だから、私が知っているのは、「コルト1000F」以降のモデルかもしれない。
このクルマは、当時、あまり流行らなかったファストバックを使用しており、すごく目立っていてカッコよかった。特に好きだったのは、対向式で、重なり代が非常に大きいワイパー。今でこそめずらしくないけど、当時の対向式ワイパーは、重なり代が無いか、非常にすくないものが殆どだったので、異彩を放っていた。

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2008年5月23日 (金)

プリンス・ホーマー

プリンス・ホーマー
“クリッパー”とならんで、プリンスの代表的商用車のひとつ。
私が知っているホーマーは、“痰”もしくは“青っ洟”のような色をしたのが殆どだった。
これが標準色だったのだろう。
どうして、こんな色にしたのだろうか?でも、妙に似合っていた。ちなみにクリッパーは、濃紺であった。
独特の表情で、動物的。子供心に“恐い”クルマのひとつであった。
ワイパーの払拭角が、右の方が若干大きく、逆ハの字に開くのが特徴であった。
(↑事実は定かではない。私の眼には、そう映った。)

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2008年5月21日 (水)

プリンス・クリッパー

プリンス・クリッパー

特に、このクルマが好きだったわけではない。でもすごく印象に残っている。私が知っているバキュームカーは、殆どこのプリンス・クリッパーだった気がする。
ワイパーが対向式の逆(“対背式”とでもいうべきか)、
2本の腕を、体操のように上げ下ろしているような動きで、中央に拭き残しができる。
このタイプのワイパー配置は、このクルマと、アルピーヌルノーA310としか知らない。
(あと、もう1車種、中型バスにあった気がするが、定かではない。)

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2008年5月17日 (土)

キャロル #1

マツダ・キャロル(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

360cc時代の軽自動車の名車っていうと、なんだろう?
真っ先に思い浮かぶのは、“スバル360”
次は、ホンダの“N360”かな。
はたまた、ダイハツ“ミゼット”。(でもミゼットは、360ccではないけどね。)

名車と言われるほどではなかったけど、私が好きだったのは、
この“キャロル”1962~1970(初代)
水冷4気筒4サイクルアルミブロックという、
当時、空冷2気筒2サイクルが主流だった軽自動車の中では、
ハイスペックで、高級感があった。でも、ハイスペックの割には、
性能はたいしたことなかったので、「走るスバルに、見るキャロル」
なんて揶揄されたりもした。
実は、私の生家のクルマがこのキャロルであった。
マツダの軽は、殆ど好きであった。B360のバンを従兄弟が乗っていたが、
これがとても好きだった。K360のドカドカいうエンジン音も好きだった。
初代キャロルの後継、シャンテも好きだった。ポーターキャブも好きだった。

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2008年5月11日 (日)

クラウン #1

トヨタ・クラウン(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
幼い日の私にとって、クラウンは、全く興味のわかないクルマのひとつであった。
(トヨタ嫌いであったわけではない。
 トヨペットコロナは好きだったが、ダットサンブルーバードには、何の興味も示さなかった。
 子供なんて、そういうものである。)

だから、クラウンにまつわる思い出もない。
だから、書いてもしょうがないのであるが、一応書いてみる。
初代:S30系(1955年-1962年):全く、思い出がない。敢えていうなら、観音開きとリヤドアの固定窓が三角でなかったこと、だけ。
2代目:S40系(1962年-1967年):グロリアやセドリックと比べると品がなく、田舎のおっさん然とした佇まいがいやだった。このクルマの顔を見ると、なぜか頭の中にポールモーリアオーケストラの「ミセス・ロビンソン」が鳴り出す。
3代目:S50系(1967年-1971年):「白い~クラウ~ン」という山村 聰出演のコマーシャルを覚えているが、クルマ自体には全然興味を抱かなかった。
4代目:S60/70系(1971年-1974年):クラウンの歴史的汚点、超不人気モデル。でも、私は、この型のクラウンで、初めてクラウンに興味を持った。後期型よりも前期型の方が好き。近所の薬屋のおじさんが後期型に乗っていて、乗せてもらったことがある。前期型はタクシーでお世話になった。130セドリックのタクシーにも相当乗っているはずだが、殆ど覚えていない。一度だけ、A30型グロリアのタクシーに乗ったのを覚えている。
5代目:S80/90/100系(1974年-1979年):不人気に短命に終わった先代に比べて人気の高かったモデル。当時330グロリアファンの私にとっては、どうでもいいクルマのひとつであった。230以降のセド・グロは、兄弟車だから、セドリックでもグロリアでもどちらでも良いのであるが、その頃はまだ妙にブランドにこだわりがあり、グロリアが本命であった。プリンス好きは、やっぱりグロリアでしょう。このこだわりは、商用車にも及び、キャブオールよりはクリッパー、キャラバンよりはホーミー、といった具合であった。だけど、なぜかホーマーよりキャブスターであった。キャブスターの方がマイナーなイメージがある所為か。タイトルは、「クラウン #1」なのに、長々とプリンスに時間を使ってしまった。まぁ、クラウンは興味の対象ではなく、プリンス好きなのであるから、致し方あるまい。

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2008年5月 9日 (金)

セド・グロ 330

参考URL:
日産・セドリック(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
日産・グロリア(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
1975年6月デビュー。
実は、当時の私は、この330が一番好きだった。
(今は、130の後期型が一番好きである。)

この頃、ちょうどクルマへの興味が復活した時期である。
相変わらず、コラムシフトのセダンが好きであった。
4ドアハードトップは邪道だと思っていた。

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2008年5月 6日 (火)

セド・グロ 230

参考URL:
日産・セドリック(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
日産・グロリア(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
1971年2月発売。もう、この頃になると、セド・グロも、かなり身近な車になり始める。
私の伯父がグロリア230の4ドアハードトップに乗っていた。
この頃から、フロアシフトが流行り始める。
私は、コラムシフトのセダンが好きだったので、かなり不満。

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2008年5月 2日 (金)

セドリック #2

参考URL:
日産・セドリック(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
1965年10月2代目130型デビュー。
どことなく田舎くさかった初代にかわり、すらっとした洗練されたデザインに。
ピニンファリナのデザインだそうな。
私は、リヤドアの大きな三角窓と、ホイールアーチに沿わない、直線的見切りのリアドアが好きだった。顔立ちは、先代の特徴をわずかに残す。
1968年9月のマイナーチェンジで、直線的な顔立ちに。個性は弱まったが、私的にはこちらの顔つきの方が好みだった。これは、ライバルのクラウンに対抗したものらしい。(詳細不明。文面より類推。)このころから、セドリッククラスもオーナーカーの需要が増え始めたのであろう。

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セドリック #1

参考URL:
日産・セドリック(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

1960年4月初代30型デビュー。ドッシリとした偉そうなスタイルではあるが、どこと無く山高帽の田舎紳士然としていて、垢抜けない雰囲気。グロリアと比べると、品が無い。初期型のいわゆる「縦目」の面構だけみると、まるでピックアップトラックのよう。初代セドリック最大の特徴は、フロントのラップラウンドウィンドウであろう。この点がセドリックならではの高級感をかもし出している。
1962年10月のマイナーチェンジで、「横目」に。「縦目」は2年半しか作られなかったのか。
それにしては、よく見かけた。目立つからだろう。

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グロリア #2

参考URL:
日産・グロリア(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

3代目グロリアは、A30型で、デビューは、1967年である。
先に作られた皇室専用車「ロイヤル」とよく似たデザインである。
いわゆる「縦目グロリア」
当時、子供であった私の視点で見ると、2代目のような気骨がなく、
上品ではあるが、ちょっと、弱々しい印象があった。
4代目以降は、セドリックと兄弟車となり、グロリアがいわゆる“グロリア”であった時代は、2代で終わった。(1962.9~1971.2?)

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グロリア #1

ブログダイトルは“Citroen DS19”だが、話題は国産車からスタートする。
日産・グロリア(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
1959年、デビュー当時のグロリアは、スカイラインの高級版、派生車種に過ぎなかった。
皇太子殿下(当時)に納めるために開発したらしい。(詳細不明。文面より類推。)

グロリアが“グロリア”になったのは、次のモデル S40型 からである。
いわゆる“ハチマキグロリア”である。宮内庁に多数納入されて、各皇族達に愛用されていたらしい。
私も子供の時分には良く見たが、セドリックやクラウン、デボネアと比較して気品があり、近寄り難い印象があった。でも、エステートモデル等もあったから、超高級車というわけでもなく、クラウンやセドリックとほぼ同格であったのかもしれない。

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