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2012年5月 6日 (日)

京王帝都 京王線

私は、井の頭線は通学のために良く使ったが、京王線の方は、あまり使う機会がなかった。
京王線と井の頭線は、まるで違う鉄道だ。だいたい、軌間が違う。車両限界も違う(と思う。)
昔は、車両を融通していたようだが、最近では、全く別の鉄道という感じになってしまった。

デハ2600 … 井の頭線のデハ1760と同世代の1950年生まれにもかかわらず、こちらの方はノーシルノーヘッダーのすっきりしたデザイン。なぜこのような差をつけるのかわからない。デハ2600の方が小ぶりで安かったからか。井の頭線では、2年後に登場するデハ1800もシルヘッダー付きの厳つい表情であるというのに。1977年廃車。享年27歳。井の頭線より寿命が短い。過酷な使用だったためか。それとも京王線の方が優遇されていたためか。

デハ2700 … 1953年生まれ。井の頭線デハ1900と同世代。デハ1900は、側面シルヘッダー付き。1981年廃車。享年28歳。

デハ2000 … 1957年生まれ。井の頭線デハ1000と同世代。試作車かと思いきや、1000系より両数が多い。ちなみに、乗ったことがない。1983年廃車。享年26歳。

デハ2010 … 1959年生まれ。デハ2000の量産型。WNドライブ。ちなみに井の頭線は、狭軌のため、ずーっと中空軸平行カルダンのままだった。1984年廃車。享年25歳。

ちなみに京王線は、1963年まで架線電圧が600Vなのであった。

井の頭線と比べると皆 若死だ。 やはり使用が過酷なのだろうか?
JR中央線を見ていると、過酷なのは肯ける。

2012年4月21日 (土)

西武 451系、571系

西武多摩川線で、似たような電車なのに、ものすごく乗り心地が違っていてびっくりした記憶がある。それが、451系と571系であったのか~。
詳細情報↓

⑥その後の多摩川線② 451と1651形2連 13㎜ゲージ|freeml

この記事が無かったら、そのことに気づけなかった。
あらためて感謝したい。

571系の方は、台車が空気バネだったのだ。
釣り掛け音を響かせながらも軽やかな足取りであった。

それにひきかえ451系のイコライザー台車は、凄まじい振動であった。
しかし、それはそれで味があったので、私は好きでした。

2012年4月14日 (土)

西武の車両

あるところには、ある。
西武過去の車両
すごい貴重な情報。
さすがに、旧国鉄30,31をベースとした車両には、お目にかかったことがない。
私が知っているのは、正面貫通路付きの半室運転台車ばかりだから、
旧国鉄50系列の車両ということだろう。

2012年4月11日 (水)

西武多摩川線

西武多摩川線の情報はwikipediaにもあまり載っていない。
逆に井の頭線の情報は、誰かが載せてくれたということだ。
ありがたいことこの上なし。

西武多摩川線の情報は、
http://www.freeml.com/bl/7327415/30076/
に詳しい情報が掲載されている。

半室運転台というのは、すごい魅力。子供にとっては、ありがたいことこの上なし。
大人にとっても魅力だけどね。

私が知っているのは、
クモハ311+クハ1311
クモハ371+クハ1411
当時は、番号なんて見ていないから、これは上記URLからの情報です。

その後、
クモハ351+クハ1411
となり、クモハ351は、全室運転台でした。

参考URL:
http://rail.hobidas.com/blog/natori/archives/2012/03/post_268.html
http://tadayusaku.3.pro.tok2.com/seibukeijiban20101201/19500920seibu.cgi?page:0=v




2012年4月10日 (火)

グリーン車 #2

wikipediaには何でも載っている。すごい時代になったものだ。

クハ1250
デハ1760として、1950年に登場。
1963年に電装解除されて同形式に。
1980年に廃車。享年30歳。よくもった方だ。
私が目撃したのは、デハ1800とのペアで、2+2の4両編成で使われていた。

デハ1800
1952年登場。
上記クハ1250とペアを組んでいた相方は、1980年に廃車。享年28歳。
その他も、1983~1984に全車廃車だそうな。享年31~32歳。

サハ1300
デハ1800とのペアで、1952年に登場。
1000系の間に入り、長く使用されていたと思ったが、
デハ1800と同じく1983~1984に全車廃車だそうな。

デハ1900
1953年に登場。正面デザインが湘南形のデハ1800。
これらも1984年には廃車。享年31歳。

デハ1000
1957年登場。新性能車。
だが、これも1984年に廃車されていたのか。もったいない。享年27歳。

時代の流れが早いと致し方ない。
25年も持てばよい方か。

グリーン車

2等車のことではない。
京王帝都電鉄で使われていた、緑色の塗装の車両群のことである。
東急もグリーン車と呼ばれていたのだろうか。

私が乗っていた頃は、まだサハ1201が居た。(1977年 廃車)
サハ1201の前身は、クハ260 1941年製。
激動の時代を生きたので、すごく古く感じられたが、それでも36年だ。
ステンプラカーの34年は、全然若く感じられる。


京王帝都3000系

私が子供の頃からかなりお世話になった車両である。
1962年から1987年まで、なんと25年にわたり増備された、ロングラン車である。
1962年登場の第1編成は、1996年まで、34年間も使われた。
最後に登場した29編成も1987~2011の24年も使われた。
ステンプラカーとか呼ばれていたな。
新1000系には、一度も乗っていない。

2012年4月 8日 (日)

201系

自動車はライフサイクルが短いので、10年も経つとクラシックカーのようであった。
それに比べて、電車はライフサイクルが長く、約20~30年。
昔、何かの文献に「長くて50年、経済的には25年、陳腐的には15年」というようなことが
書いてあったと記憶している。技術の進歩が早い世の中で、15年も陳腐化を免れるのは
至難の業だ。
子供の頃から慣れ親しんできた101系,103系が新型の201系に置き換わり始めたのが1981年のこと(試作は1979)。1985年には置き換え完了した。
101系は1957年の試作に始まり1960年には置き換えが完了している。101系の天下は、約25年であった。
201系も2006年からE233系への置き換えが始まり、2010年には置き換えが完了しているので、こちらも約25年使われたことになる。
子供の頃は25年はとてつもなく長く感じられたが、私より若い車両が次々と退場していく現状を見ると、私も歳をとったものだなぁと感慨深く思う。

ちなみにE233系になってからは、1度も乗車していない。w
E233系の導入からも、既に6年経ってしまった。w

101系といい、201系といい、しょっぱなはいつも中央線快速であった。
しかし、マスプロ開始は、103系といい、205系といい、山手線なのであった。
しかし、次世代マスプロのE231系は、何故か中央緩行線から先に導入されたのであった。
(ということは、しょっぱなは、京浜東北線の209系?)

全然201系のことを書いていない気がする。w
201系は、たいしてワクワクする車両ではなかった。電気子チョッパ車は、営団地下鉄で
おなじみだったし、相変わらず中空軸並行カルダンのうなり音がうるさい車両であった。
顔も無表情で可愛気がない。

201系は、中央線快速だけでなく、阪神地区でも乗ったことがある。こちらは、スカイブルーの塗色であった。

2012年4月 7日 (土)

イクソニラカサm

イーサガノオーローオt
オーナーワ グコギザーディーマn
ウーソンエイーオールk
イールーメコナティソーナーロs
イナカーn
アーミセーセーマーガn
アティソーナカーh
ウールーウルー
イスカーn
エーガキームーズース
ウリサーヘザー
キラーキーヒクーst

2012年4月 6日 (金)

103系

1973年~74年頃になると、我が中央東線国電区間にも103系が投入されるようになった。昔の103系は、正面の真ん中下の方に、通風口がついていたものだが、中央線に配属になったものはそれが無く、つまらなかった。そのうち高窓のものが入ってきて、正面の見通しがものすごく悪くなり、さらにつまらなさが増した。

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